観てから読むか、読んでから観るか

書店の店頭には必ず映画化、ドラマ化の本が売り場を飾っています。
売っている側として、いつも疑問に思っているのは、
一番売れる時期は映画の公開直前にテレビスポットが集中的に流れる期間なのです。

映画を観る前に読んでから観るか、それとも観てから読むか、どちらでしょうか?

個人的には映画の原作は絶対に映画を観てから読むと考えています。
映画は事前に出来るだけ情報なしに観るべきだと以前から思っています。
良い映画にめぐり逢えたら、その作品をより深く知りたくなって原作を読みます。
映画では上映時間の尺の制限があり、表現しきれなく大幅に割愛されてしまっている
周辺の描写が小説では、より深く作品に厚みをもたせます。
原作を読むことで、よりその映画が好きになれます。
逆に大変気にいっている小説が映画化された場合はほとんど観ることはありません。
過去の経験からすると、ほぼ全て失望に終わります。

例えばこんな苦い経験があります。小説が素晴らしく大変好きな作品だった
ベルハルト・シュリンクの「朗読者」が映画化され、アカデミー賞を取ったものだから
まあ観てもきっと失望はしないだろうと思って映画を観たのですが、
やはり、やめとけばよかった。原作にはとても及びませんでした。

活字を映像化するのはとても困難な事と思いますが、
唯一、映像が活字を超えたと思った映画があります。

松本清張原作の「砂の器」です。

原作ではたった4行しか書かれていない部分が映画では素晴らしい映像が
原作の持つ活字では表現しきれない深い感情を観ている側にもたらしています。
まさに言葉で表現できない感情を映像で表現しています。

素晴らしい映画の原作は必ず読みますが、
この本だけは絶対に読みません。

時計じかけのオレンジ 完全版」ハヤカワ文庫
アントニー・バージェス(昔はアンソニー・バージェスとなっていましたが)

ご存知、スタンリー・キューブリックの映画「時計じかけのオレンジ」の原作本です。
この原作本には、」2つの結末があり、映画化によって、封印されていたのが、この完全版です。
何故このような事があったのかについて、話すと長くなるので省略しますが、
映画の結末とは真逆の結末なのです。これは映画を封切り公開をリアルに観た者としては、
あの映画の衝撃を完全にくつがえすことになるので、私は絶対に完全版は読みません。

1972年封切り当時、中学3年だった私は京都の今はなき松竹座で観たときの衝撃は忘れません。
この映画は当時あまりに前衛的な世界感(性と暴力とアートにクラシック音楽が加わり、
かつて見たことのない映画)にカルチャーショックを受けたのです。
近未来の自由による欲望が荒廃をまねき、それを管理しようとする全体主義の世界感にクラシックが芸術的に絡み合う(ウイリアムテル序曲の早送りの発想は当時、あっと言わしめた斬新さでありました。)アヴァンギャルドな世界に酔ってしまいました。
あの当時の電子楽器を駆使した映画音楽を担当したウォルター・カーロスは後年、性転換をして女性になったというから、まさにぶっ飛んだ映画でした。

この原作の「時計じかけのオレンジ」が最近ベストセラーになっている「ビブリア古書堂の事件手帖」第2巻に推理ネタとして使われているので、ご存知の読者もかなり多いと思います。

最近のハヤカワ文庫の「時計じかけのオレンジ」についている帯にビブリア古書堂の事件手帖に登場と書いてあるので、この「時計じかけのオレンジ」を読んでみようと思っている人、読んだ人は多いと思いますが、

読んだ人は映画を絶対に観てはいけません。映画の完成度を壊すことになります。

映画のエンドロールが終わり、オレンジ色一色の画面に流れてくる、ジーン・ケリーの「雨に唄えば」の
意味がなくなってしまいます。

絶対に観ないでください。キューブリックファンとして進言します。
あのマルコム・マクダウェルの下まぶたのつけまつ毛の顔がちらつきます。

当時、映画はビデオテープすらありませんので、もう一度観るためには、2番館に行くか、
リバイバルで再公開されるのを待つしか方法はありませんでした。
この映画に関してはサウンドトラックLPの入手はもちろん、動く映像は見る方法はないので
当時河原町にあった丸善で(と言ってもまだ2階しかなくて、2階にカウンターだけの喫茶があって丸善に行くと
本の匂いとコーヒーとそれに名物のホットドックを食べるのが楽しみでした、今のブックカフェのはしりです。)
全シーンのコマが載っているビジュアルブック当時3000円ぐらいの高価な洋書でしか見ることはできませんでした。(しかし、映画のパンフもLPも洋書も文庫もある人にさしあげてしまい、今は手元にはありません。その人が
まだ今でも持ってくれていることを願いますが…)

今ではDVDで家で何度でも観ることができるのが、あの当時からするとまさに近未来の世界でした。

今回はこのうだうだとした話にでてきた、


ハヤカワ文庫 アントニー・バージェス著 「時計じかけのオレンジ

メディアワークス文庫  三上 延 著  「ビブリア古書堂の事件手帖」第2巻    

以上もし気になれば、ご一読あれ。

(北山)